Se connecter二曲目の最後の音が鳴り止んだ。
七人で決めた最後のポーズを崩さないまま、颯馬は荒い呼吸を整えようとした。照明の熱で額から汗が流れ、衣装の背中は肌に張りついている。
一瞬遅れて、客席から歓声と拍手が押し寄せた。
何万人もの声が重なり、足元のステージまで震えているようだった。
やり切った。
島で何度も繰り返し、東京に戻ってからも細部を直し続けた二曲を、最後まで七人で踊り切った。
颯馬が隣を見る。
水琴も笑っていた。
いつもの、人目を引く華やかな笑顔だった。
けれど次の瞬間、その身体がわずかに傾いた。
「水琴?」
颯馬が近づくより先に、水琴は体勢を戻した。
まだステージの上だ。
客席から見れば、少しよろめいた程度にしか見えなかったかもしれない。
七人で並び、観客に向かって頭を下げる。
『ありがとうございました!』
声を揃えた。
結果発表の時刻が近づくと、候補生たちは再びステージ袖に集められた。 そこに、そらと葉月の姿はない。 水琴は救護スタッフから足をつかないよう念を押され、ステージ袖までスタッフに車椅子で運ばれてきていた。結果発表中も無理に立たせないことが決まり、舞台上には水琴用の椅子が用意されている。「ほんまにこれで出るん?」 水琴が車椅子を見下ろして苦笑する。「歩くよりいいだろ」「ステージ出る直前までこれって、なんか恥ずかしいわ」「血まみれの靴で二曲踊った人が今さら何言ってんだよ」「それとこれとは別やん」 いつもの調子で返してくる声に、颯馬は少しだけ安心した。 けれど水琴の手は、膝の上で強く組まれていた。 颯馬自身も同じだった。 結果が出る。 三十日間の合宿も、東京に戻ってからの練習も、今日のステージも、すべてに答えが出る。「緊張するなあ」 彼方が両手を擦り合わせる。「ライブより緊張する」「分かる。踊っとる時は自分でなんとかできるけど、もうなんもできへんからな」 瞬多が客席側を見た。 龍也は落ち着きなく何度もその場で足を動かしている。「まだ?」「じっとしろよ」 凱に言われても止まらない。「無理。こうしてないと死ぬ」「死なねえよ」「分かんねえだろ」「結果待ちで死んだ奴聞いたことないぞ」 彼方が吹き出した。 その少し離れたところで、カゲトラだけは壁にもたれて黙っていたが、組んだ腕の指先が一定の間隔で動いている。 颯馬はそれを見て、カゲトラも緊張するのだと初めて知った。「炎さん、ステージ入ります!」 スタッフの声が飛んだ。 十二人の表情が変わる。 モニターには、再びステージへ向かう炎の後ろ姿が映っていた。
炎のライブ後半、最後の曲が終わった。 ステージを覆っていた照明が落ち、炎が深く頭を下げると、ドームを満たす拍手と歓声が舞台裏まで届いた。 このあとには審査結果の発表があり、その後、炎はアンコールでもう一度ステージに戻る予定になっている。そのため、いったん短い休憩が設けられていた。 救護室で再度処置を受けた水琴は、足を床につけないよう椅子に座っていた。「ほんまにもう血ぃ止まったって」「だからって歩くなよ」「颯馬くん、今日それ何回言うん?」「みーが何回も無茶するからだろ」 そのやり取りを聞いていた彼方が笑う。「颯馬、今日は水琴のお母さんみたいになってるよ」「恋人通り越しとるやん」 瞬多まで加わり、水琴が吹き出した。 いつの間にか、二人の関係がBL営業ではなく実際に恋人だということは、メンバー内では公認になっていた。 流出映像の件はノーコメントで貫いているが、颯馬も水琴も、恋人同士のように言われたところでもう否定はしない。「俺の方が風呂掃除うまくできるけどな」「そこ張り合うところ?」 龍也が呆れたところで、ステージ側から歓声がひときわ大きく聞こえた。 炎が舞台を降りてきたらしい。 颯馬が廊下の先を見ると、汗を拭きながら歩いてきた炎にスタッフが駆け寄っていた。 何かを耳元で伝えている。 炎が足を止めた。 別のスタッフがタブレットを差し出す。 画面を見た炎の眉が寄った。 さっきまで何万人もの観客を沸かせていた人間と同じとは思えないほど、その表情が変わる。「……何かあったのかな」 彼方も気づいたらしい。 炎はタブレットを操作し、映像らしきものを何度か確認していた。 やがて顔を上げる。「そら呼んできて」 近くにいたスタッフへ告げた。 颯馬は水琴と顔を見合わせた。「そら?」
二曲目の最後の音が鳴り止んだ。 七人で決めた最後のポーズを崩さないまま、颯馬は荒い呼吸を整えようとした。照明の熱で額から汗が流れ、衣装の背中は肌に張りついている。 一瞬遅れて、客席から歓声と拍手が押し寄せた。 何万人もの声が重なり、足元のステージまで震えているようだった。 やり切った。 島で何度も繰り返し、東京に戻ってからも細部を直し続けた二曲を、最後まで七人で踊り切った。 颯馬が隣を見る。 水琴も笑っていた。 いつもの、人目を引く華やかな笑顔だった。 けれど次の瞬間、その身体がわずかに傾いた。「水琴?」 颯馬が近づくより先に、水琴は体勢を戻した。 まだステージの上だ。 客席から見れば、少しよろめいた程度にしか見えなかったかもしれない。 七人で並び、観客に向かって頭を下げる。『ありがとうございました!』 声を揃えた。 再び大きな拍手が降ってくる。 水琴は最後まで笑っていた。
開演時刻を迎え、客席の照明が一斉に落ちた。 舞台裏まで届いていたざわめきが、暗転を境に巨大な歓声へ変わる。控室のモニターには、無数のペンライトが揺れるドームの客席が映し出されていた。 颯馬は水琴の隣で、その光景を見つめている。 ステージ中央に一本の光が落ちる。 炎の姿が浮かび上がった瞬間、歓声がさらに膨れ上がった。『炎ーーーー!』『おかえりー!』 イントロが始まり、炎が歌い出す。 合宿所で候補生たちに軽口を叩いていた時とも、社長室で話していた時とも違う。 その姿を目にし、その歌声を耳にした瞬間から、誰もが圧倒される。 炎が長く第一線で活動してきた一流アーティストなのだという事実を、今この場にいる候補生全員が改めて思い知らされていることだろう。「……すげえ」 龍也がモニターを見ながら呟いた。 一曲目が終われば、間を置かず次の曲が始まる。巨大スクリーンに炎の姿が映し出され、照明がドームの天井まで駆け上がる。 腕を上げれば何万人ものペンライトが揺れ、歌うのをやめてマイクを客席に向ければ、大合唱が返ってくる。 颯馬の手のひらにも汗が滲んだ。 このあと、自分たちがあそこに立つ。 まだデビューすらしていない十四人が、炎の作り上げた熱気を引き継がなければならない。「みー、足どう?」「薬、効いてきたみたい。さっきよりだいぶマシやで」 水琴は代わりの靴を履き、立った状態でモニターを見ている。 その場で軽く足を動かしてみせたが、颯馬は傷を庇っていないか、どうしても足元を見てしまう。「ほんまに大丈夫」「痛くなったらすぐ言えよ」「分かっとる」 何度目か分からない返事だった。 颯馬はそれ以上言わず、モニターに目を戻した。 炎の前半ライブが進むにつれて、舞台裏を行き交うスタッフの数も増えていった。 マイクとイヤーモニターの最終確認が行わ
救護スタッフが到着すると、水琴はすぐに控室の奥へ移された。 靴下を脱がせると、足の裏にはカミソリが触れた箇所から細長く傷が走っていた。幸い傷は深くなく、救急搬送が必要な状態ではないという。 それを聞いた瞬間、颯馬の肩からわずかに力が抜けた。 けれど、それはあくまで日常生活を送るなら、という話だった。「傷そのものは深くありません。ただ、足の裏なので、体重をかけるとかなり痛むと思います」 救護スタッフが傷口を消毒し、止血の処置をする。 消毒液が触れた途端、水琴の足先が強張った。「痛い?」 颯馬が尋ねる。「これくらい平気」 そう答えた顔は、平気には見えなかった。 処置を終えると、水琴は椅子の背に手をついて立ち上がった。「ちょっと歩いてみます」「無理しないでください」「はい」 右足を床につき、続いて傷のある足に体重を移す。「っ……!」 水琴の身体が傾いた。 颯馬は反射的に腕を掴んだ。「みー」「大丈夫」「全然大丈夫じゃないだろ」「最初やからびっくりしただけ」 水琴はもう一度足をつこうとした。 今度は声こそ出さなかったものの、眉が寄り、颯馬の腕を掴む指に力が入る。 歩くだけでこれだった。 二曲目の課題曲には、走るような移動も、踏み込んで身体を反転させる振りもある。何より七人で揃えるダンスでは、一人だけ片足を庇えばフォーメーションそのものに影響する。 颯馬は昨日のゲネプロを思い出した。 水琴は完璧だった。 今日のリハーサルでは、それ以上だった。 あと少しで、その成果を何万人もの観客に見せられるはずだった。 だからこそ、今の水琴に「出るな」とは簡単に言えなかった。「鎮痛剤って飲めますか?」 水琴が救護スタッフに尋ねた。
最終審査当日。 昨日のゲネプロでは、炎の出演パートを含め、本番と同じ曲順、照明、映像、舞台転換まで通して確認した。 合宿所の鏡張りのスタジオで何度も踊った二曲が、巨大なステージと客席を前にするとまるで別の曲のように感じられたものの、一度その広さを身体に覚え込ませてしまえば、戸惑いは消えていった。 そして今日も、開場前のドームで候補生たちの出演部分を中心とした最終リハーサルを終えている。 誰もいない客席に向かって歌うのは今日で最後だった。「ありがとうございました!」 最後の音が消えると、七人は揃って頭を下げた。 颯馬は顔を上げ、客席を見渡した。 何万人もの観客を収容できる座席が、上へ上へと積み重なるように広がっている。今はまだ空席ばかりだが、開演時刻になれば、ここが炎の復帰を待ち続けていたファンで埋まる。 その人たちの前で歌い、踊る。 しかも自分たちにとっては、それがデビューを懸けた最終審査になる。「颯馬」 龍也が隣まで来た。「最後のサビ、どうだった?」「揃ってた。龍也の入りも昨日よりいい」「だよな」 龍也の顔に笑みが浮かぶ。「俺も今日が一番いいと思った」 カゲトラも珍しく自分から会話に加わった。「二番の移動も問題ない」「俺ら、もう直すとこないんちゃう?」 瞬多が汗を拭きながら言う。「いや、探せばあるんだろうけどさ」 彼方が笑う。「本番直前にいじりすぎる方が怖いよね」 凱も大きく頷いた。「ここまで来たら、自分たちを信じるしかないな」 颯馬も同じ気持ちだった。 合宿所で何百回繰り返したか分からない振りも、歌いながら踊れば呼吸が乱れていたパートも、今では身体が勝手に次の動きを選べるほど馴染んでいる。 水琴を見る。 視線に気づいた水琴が笑った。「いけるで、颯馬くん」
颯馬が戻ると、1号室のドアは、少しだけ開いていた。 元々あの有名プロデューサー炎の別荘だというだけあって、部屋は広い。二段ベッドを三台入れてもまだ余裕がある。ベッドの横には人数分の簡易クローゼットも設置されていた。 室内では、すでに三人が荷物を広げていた。 笑い声と、どこか浮ついた空気。合宿初日特有の、独特な高揚感。「ただいま」 颯馬が声をかけると、すぐに反応が返ってきた。「颯馬くん、おかえり!」 オレンジ色の髪を揺らして、そらが駆け寄ってくる。 近い。距離感がやたらと近い。 つぶらな瞳で見上げられて、颯馬は思わず視線を逸らしそうになった。「同じ部屋だね! こ
あの夜のことは、忘れられない。 高層階の窓の向こうに、東京の夜景が広がっていた。ガラスに映る光が、まるで星みたいに揺れていたのを覚えている。 背後から、低く甘い声がした。「颯馬、俺のこと好きなんだろ?」 振り向くより早く、腕を引かれた。 体が触れる距離に引き寄せられて、息がかかるほど近い。「……ねえ、俺を抱いてみない?」 その言葉が、冗談じゃないことくらい、わかっていた。 細い指が、俺の顎に触れる。逃げる理由なんて、どこにもなかった。 憧れて、焦がれて、やっと手に届いた人だったから。 ――あの夜、俺は初めて、炎さんを抱いた。 触れた体温も、息遣いも、全部、焼
土曜日の朝。 颯馬がまだ寝ていると、ベッドの外から騒がしい声が聞こえてきた。「海行こうぜ海ーっ!!」 彼方の声だ。おかげで目が覚めてしまった。「朝から元気だなぁ……」 日和が眠そうに呟く。 颯馬がカーテンを開けると、部屋の中はすでに休日モードになっていた。そらはオレンジ色の髪を揺らしながら水着姿ではしゃいでいるし、彼方はシュノーケルを振り回している。「颯馬くん! 早く準備して!」「お前ら早すぎだろ……」 まだ頭がぼんやりしている。 その時。「おはようさん」 水琴がベッドのカーテンを開けた。 オーバーサイズのタンクトップは襟が大きく開いていて、鎖骨や胸元があらわになっ
昼食を終えた後、メンバーたちは再びスタジオへ集められた。 鏡張りの広い部屋。冷房は効いているのに、どこか空気が張り詰めている。「ここからはユニットごとに分かれて練習してください」 スタッフがそう告げると、自然と二つのグループに分かれていった。 颯馬は、自分とは別ユニットになったそらと目が合う。 そらは少しだけ寂しそうに笑った。「颯馬くん」「ん?」「ユニット離れちゃったね」